2009年3月31日火曜日

ワイヤード


コンピュータはワイヤレスがいいけど
人間はワイヤードがいいな。

繋がるために何をしていますか。

う〜ん、待ってるだけだったりして・・・。

プライドは捨てるためにあります。
欲しいのは「こころ」です。

蔵ではなく、身でもなく、「こころ」

2009年3月29日日曜日

ここに居たんですね。


後ろのポスターのコピー
「やっぱり、ここに居たんですね」

はい、わたしらここに居るんですわ。

名文


これが広告コピーか!
というくらい秀逸ですな。

仕事先と作り手が実に上手くわかりあっている。
そうじゃないとこんな気持ちのいい仕事になりません。

広告なのにライフワーク。
写真は浅井慎平さん。

全部何気なくていいですな。

2009年3月28日土曜日

議を言うな



ぎをいうな。ぎは「議論の議」。
色々言うな。という事らしい。
議論はもってのほかであり、男の口数の多いのは美学に反する。
人のいう事は黙って聞く。
いろんな意味があるだろうが、概して言葉は思わぬ弊害をもたらす。という事もあるのだろう。
そういえば昔「男は黙ってサッポロビール」というのがあったな。
薩摩人はこうして育てられると司馬遼太郎「翔ぶがごとく」にも書いてある。
僕も小さい頃「ぎをいうな。言うたらいかん」とよく怒られた。
(という事は薩摩なんですね。僕)
おもに怒られたのは悪口を言った時だったので「ぎ」は「悪口」だと思っていたのだが
「翔ぶがごとく」を読むと広義の「男」論ですね。

薩摩弁はまことに難しい。

「ギヲイフナ」

結局は正しい事のような気がする。

2009年3月26日木曜日

偶然列車。


なんだかホームが慌ただしい。

「まもなく列車が入って参ります」
ホームを何人かの人が慌ただしく走る。

どーした、どーした・・・

入ってきた列車をテレビのカメラも追いかける。
ついでに僕もワサワサと写真撮っちゃう。

聞いてみるとブルートレイン最後の運行だとか。


な〜るほど。
列車の中の乗客さんたちは一様に外にビデオカメラやスチルカメラを向けていた。
そんな慌ただしい空気を一緒に運びながらの列車旅。

なんだかなぁ。
最後のお祭りだから・・・ま、いいか。

出発する列車の後ろ姿にサロンパス!
宮崎駅にて。

10日の菊



外は雨と雪の中。
電話が鳴った。
「10日の菊、知ってる?」
え〜っと・・・「知りません」

急いで調べる。
遅きに失する事の例え。だと。
はじめて知りました。

「語源は何なんでしょう」

「ムフフ・・・」

自分で調べなさいという事か。

今のところわかりません。

外をフッと見て雨と雪に妙に感動。

誰か教えてッ!

2008年12月31日水曜日

最後ッ屁



去年の暮れの神社。毎年でるただ酒をこうやって火を眺めながら何杯もおかわりするのです。
よぉ〜し、今年も行くぞぉ。

今年あった事を色々書こうと思っていたのに。

来年はまじめに取り組むぞぉ。

2008年10月17日金曜日

酒池肉林



通ってるクラブ恒例の冬イベント。
ポスター作ってよ。
あいよッ!

最後の言葉に意味込めたんだけど
みんな誰も選んでくれなかった。
ボツッちゃかわいそー

なんでここに登場。



久しぶりに書きます。
結構、倦んでいた状態から抜け出せそうです。
まだ、わかりませんが・・

小松空港のある石川へ出かけました。
しみじみと空の高いところ
都会の喧噪もなく
会った人たちもタンタンとしている
そんな場所
夜の酒が美味かった
なんという酒か忘れたんですが・・・

そこのお店独特でカラッとサッパリ
ぐいぐいいけちゃう

おかげで、はめはずしすぎ

地方は人と酒を育てます。

2008年7月13日日曜日

視点


右にいるあの人は何を考えてるんだろ。
左にいる人はどんな不安を抱えてるんだろ。
真ん中にいる集団はどこをみて仕事してるんだろ。

一点を見据えて造詣を深める
広い視野を持って物事を考え抜く

相反する真理がぼくを惑わす
最近、期待感を持って過ごしてきた時間が・・・
オワッタ。

こころの反動は大きい。

視界が広くてしかもオールピン。
どーなんだろうねぇ。

2008年5月27日火曜日

人間は爆発だぁ!



ある先生が言っている。
生物はもともと地球上にあったものではなく無生物からできたものである。
無生物からできたものであれば物理学及び化学の方法論で解明できる。
要するに生物は非常に複雑な機械にすぎない。
生命の神秘性はない。神秘とは要するに理解できないという事
人間の精神現象も含めて、生命現象は全て物質レベルで説明がつく。


真理は外から与えられるものではない。もともとその人の内部にあるものを自分で発見するだけだ。

言語道断


久しぶりッです。
ちょっと小宇宙を旅してたもので。

「言語道断だ」などといえば
「もってのほかだ」「とんでもないことだ」「あきれてものがいえぬ」
などと、たいへん手厳しく判断する言葉として、使われていますよね。
しかし、
この「言語道断」という言葉は、もともと仏教語で、
「さとりの境地や真理の世界は、
言語や文字ではとても表すことのできないほど、
奥深いものである」
という意味なんだそうで。

じゃ、「あの人は言語道断な人だ」と言ったら、怒った時に使うんじゃなくて尊敬する場合に使ったりするんですね。

そういえば僕も陰で言語道断だ。と言われていたような・・・気がするなぁ。