2009年8月28日金曜日

夏の思ひ出


かんかん照りの中をゆっくり歩いてここに来ました。

姉と弟の僕でゆっくりと食事しました。

ワインを二本開けました。

おいしいお肉をいただきました。

父と母の話をしながら二人でいっぱい飲み、食べました。

ふとした事がきっかけで二人は喧嘩をしていました。

この日は仲直りでした。

色々話をしました。

姉は少し鼻声で「今日は良かった」と言いました。

僕も良かったと思いました。

その後、また小さな事で
ほんの少し距離があるような・・ないような・・・

またここに行っておいしいワインを飲みたいなぁ。

2009年8月25日火曜日

本のある風景


本のある場所で打ち合わせをしていたら
思わず時間が過ぎていました。

本屋に行くと便意を催す
催し具合の高い本屋ベストいくつ・・・

昔椎名誠さんが書いていた事を思い出した
そういえば銀座のあの書店行くと必ずしたくなったなぁ

そんな事ではないのですが
この場所では結構長く居ても疲れなかった
・・・ような気がして

やっぱり「本の効力」ってあるんだろうか
森林浴ならぬ本浴

2009年8月21日金曜日

次へ


失敗はない
なぜなら
成功するまでやるからだ

昨夜お会いした方の言葉

発想の転換じゃなくて
そもそも成功するまでやればいい、というのがすごい

よし、
風景がこんな風に見えてしまう「いま」とはさらばぢゃ

2009年8月20日木曜日

空港にて


そのアナウンスは突然でした。
「お客さまが定員以上いらっしゃるので後ろの便に変更して頂けるお客さまはお申し出下さい。」
え!と思いながら、
「お申し出の方には一万円差し上げます」
にピクリと反応。
ウム。これは人助けしなければなるまい。

オーバーブッキングはわかっているが
来ないだろうお客さんが来てしまった。
という事なんでしょうか。
申し出た人は3名だったそうで。
朝の便が夕方になってしまいましたが
夕方の便の機内でしっかり「ありがとうございます」
とスチュワーデスさんにお礼を言われました。
いや、なに。
でも1万円は空港の待ち時間ですっかりほとんど・・・

とほほ。

2009年8月19日水曜日

高橋是清公園


高橋是清はそのふくよかな容貌から「ダルマ蔵相」「達磨さん」と呼ばれて親しまれた。
酒好きで有名。
国会本会議場の席でも堂々と茶碗酒をすすっていたが、誰も咎める者はなかった。

ここは高橋邸跡地、高橋是清翁記念公園
緑が豊か
建物の一部は江戸東京たてもの園(東京都小金井市)に移築されたそうで残っていない。

濡れた手袋なんかも干すのにちょうどいい
達磨さんの面目躍如 な風景でした。

2009年8月11日火曜日

伊藤若冲


若沖は漢字間違いで正しくは →伊藤若冲
琳派
江戸時代の絵師でありながら、ビビッドな色使いやグラフィックデザインのような構図、
題材のユニークさ・・・最高にCOOLです。
京都「錦」の青果商の息子だったそうです。
野菜など植物はもちろん魚や鳥・・
驚く色使いと構図です。

「数年前に京都で没後200年の展覧会があり再評価されていますが、
そのきっかけとなったのはL.A在住のジョー・D・プライスではないでしょうか。
彼は昭和40年頃から、
かなりの若沖作品を収集し、作品をモチーフにしたバスルームを自宅に作ってしまうほどの若冲コレクターです。」

と書いてありましたが日本人の絵を最も評価するのがL.Aの人なんですね。

若冲をモチーフに密かな計画が進行中
(あ、いや個人的にですが)

2009年8月7日金曜日

浴衣


渋谷 青山 飯田橋 
浴衣の若者 たくさん発見

何かイベントでもあるのかという位浴衣姿の若者
外苑前で降りた男の子 かっこよかったぞ

夏に浴衣
定番が流行るのはいいことだなと思いました

2009年8月6日木曜日

それにつけても


それにつけても・・・
芸能の方がよく逮捕されます
場所が場所?
昔、罪人を裁いていた場所だというし
よくこれだけ悪の舞台になるもんだ

それにつけても・・・
「打ち上げは好きだけど打ち合わせは嫌いだな」と言った玄田さん
全くもってその通りです
希望の中に苦痛はいや

それにつけても・・・
雨の多い夏
大陽の黒点と関係あるんでしょうか

もひとつ、それにつけても・・・
今朝、広島の原爆祈年集会の広島市長の演説を聴きました。

「オバマジョリティ」とこれから呼びたい、と。
そして英語で最後に「We can」とおっしゃいました。

僕はそれまでTVを見ながらオバマ大統領に手紙を出し続けている人や
様々な人のインタビュー映像にしんみりしてました。

広島市長もいい演説をなさっていました。

「オバマジョリティ」と聞こえて・・・
世界唯一の被爆国日本の独自主張が霞んできたのは僕だけでしょうか。

極めつけは「We can」

この粛々たる場所で。

取り入れると。と、乗る。は違うと思います。

スカッとしない日本の夏

2009年8月4日火曜日

本屋さん


東京駅のとある書店です。
平積みしてあるこのコーナーは人気のようです。
見ると「鉄道」関係だけの平積み

本が売れなくなったとは良く言われる事

ニーズを探る
奥深く探る
すると
このジャンルは「在る」という事なんでしょうか

一般書ではなく専門書
深ければ深いほどファンが出来る

嬉しくなる書店の光景でした。

2009年7月30日木曜日

山田方谷


山田方谷の本をいただきました。
備中松山藩の人 陽明学者
大政奉還の起草者でもあるそうです。
最初に取り組んだのが、負債整理。
大阪で備中松山藩の財政状況を説明し、借金10万両の猶予を申し入れた。

「借金は必ず返済する。踏み倒すつもりは毛頭ござらん。
伏してお願い申す。
その手立てだが、米に頼らず、産業を興す。すれば必ず借金は返せる。」
示した再建計画(産業振興策)が緻密で、商人たちの心を動かした。
そして、利子の免除、50年の借金棚上げ承認を取り付ける。
「産業振興策」
備中にある砂鉄を使った農具の商品開発
備中鍬の誕生
備中鍬は、3本の大きなつめを持ったホークのような鍬で、従来の鍬に比べて、土を掘り返すのに適した便利な鍬である。
従来品に比べて作業効率がよい備中鍬の生産は、借金を返済できる大ヒット商品となった。

「政で大切なことは、民を慈しみ、育てることである。それは、大きな力となる。厳しい節約や倹約だけでは、民は萎縮してしまう。」

また、自ら開墾を行い、農産物の特産品づくりに精を出した。
タバコ、茶、こうぞ、そうめん、菓子、高級和紙など、その特産品を「備中」のネーミングで売り出した。
ブランド品の誕生。
販売方法についても、外国船を購入。
江戸に物資を運び、板倉江戸屋敷で直接販売する方法を確立。
当時は産物を大阪に卸すのが常識であった、とある。

方谷は、商品を江戸に持っていき江戸での直接販売に目をつけた。
中間マージンを排除し、安いよい品を直接消費者に販売し、それによって利益を上げた。
いまのアンテナショップの開設である。
備中松山藩内に「撫育局」を設置し生産・流通・販売を藩の直営とした。
商業が低く見られていたこの時代に藩そのものを会社組織に変えた。

「年貢がいくら入る。利子はいくら払わないといけない。」というような「現状の延長」で考えると絶望的であるが、
「売り物を作る」
「計画を立てて、長期ビジョンを持って、パフォーマンスをする」
事で事業を興した
そしてその後、藩札の信用回復に手をつけ経済の混乱を収束させたという山田方谷

商品開発
ネーミング
ブランド戦略

現状認識からアイディアを出す。

基本はずっと変わらない。


   

2009年7月28日火曜日

ふたり


おふたりが遠くに見ているものは何だろう

帰し方を振り返る

そんな気配が漂う

白く飛んだ向こうの景色は・・・

見る人それぞれです。

2009年7月23日木曜日

希望


昨日悪石島では皆既日食に時間にちょうど雨が降ったとか・・・

残念だったろうなと思って記事を読むと
いやぁいい経験をしたとか
急に暗くなってきて、これを体験できただけでも良かったとか

良い状態に基準を置くとマイナスになるけど
ゼロの状態に基準を置けば少しの事でもプラスに思考できる


まるで「希望学」のようだなぁ
(希望学を知ってる訳ではないのですが)

そっか、今日からそう考えてみよう