2010年1月8日金曜日

堂島うどん


昔昔。
青山一丁目に堂島うどんがありました。
うどんの上に牛が載っていてなかなかおいしく好きでした。
去年三十有余年の幕を閉じました。
うまいうどんだったのに近年はいろんな定食、キムチ風ありでわからなくなってました。
変わらないのがよかったのに、変わってました。
世の中、「変わるのが良い」と「変わらないのが良い」とあります。
堂島うどんは変わった。残念!また食べたい。

廃業!?


その人は元大手TV-CF制作会社のプロデューサーです。
バブルだ何だ、色々あって会社やら人やら入れ替わり立ち替わり
いくつかに分裂(いや分社)されて、ひとつの会社の社長になられました。
2010年の今年。年賀でメールのやりとりしていたら「今年で辞めるかも」

1.5年ほど前に電話があり、渋谷で会った情景が鮮やかに浮かんできました。

その渋谷では色んな状況が浮き彫りになる中で、相当にお疲れ気味でした。

かつてのしがらみ、他の事情で某大手代理店の仕事に絞ったという彼の仕事ぶりは素晴らしいのですが「良かったのかと言われるとわからないね。」

TV-CFはフィルムの時代からデジタルへ完全移行していますが、その移行は完全に彼を苦しめていました。

「え~ッ。今でもそんな体制で仕事してんの?!」
思わず叫んだほどです。
その世界は僕も知る懐かしい世界。
し、しかし、・・・
試写をするのが夕方だとしたら
前日まで徹夜して編集、試写に臨む

そこでさんざん修正が入ってまた翌朝、代理店への試写(当然徹夜です)
また代理店に修正かけられたら、すぐまた舞い戻って修正の編集作業。
そして夕方。クライアント試写(クライアントとはスポンサーの事です。)

内容に問題があるのじゃないか?
そう思われる方も多いと思いますが違います。

デジタルは「できる」を「すぐ直せる」にし、「細心のプロ作業」を「ちょっと直してみて」に変え
代理店もカラダ張らなくなって・・・
いわゆるしわ寄せは現場へ。

まさしく「事件は現場で起きてんだよッ!」状態。

彼もついに、今回のメールでは「競合競合競合・・・ もう疲れたよ」

才能は金のある所に集まる

広告とは 広告代理店とは 制作会社とは

全ての構造が何年か前から崩壊しているのに...
彼と彼の会社は、そこにいるしかなかったのだろうか。

2010年1月5日火曜日

惑わしちゃだめ


人には人の乳酸菌 by蒼井優
じゃなくて
人には人の生き方がある。

一時的な感情で惑わしちゃだめだと思う。

人生のどしゃ降りの最中に
「来ないか」
は効くよね。

でもよく考えないと・・・Oさん。

これくらいしか言えません。

2010年1月4日月曜日

温故知新。ひょうひょう。


ブログずっと休んでました。
何人かの方に辞めたの?やんなさいよ!どーしたの?
楽しみにしてるのに・・
正月ブログくらい書いたらぁ!

ありがたくも嬉しいお言葉の数々
飄々と

今年は習熟したい事が・・・ある。
DW
もっと基本からしっかり。
基本習熟、目標3ヶ月!
チャプターが19にわかれているので
一週間でチャプター1だと19週。4ヶ月強。
なので一週間でチャプター2ずつ。9~10週。2ヶ月強。

そんなに上手く行くわきゃないが。

年のはじめの目標はともすると守られない。
ごもっともです。

温故で知新
ひょうひょうと行ってみちゃおうかな

皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。

2009年12月1日火曜日

閑話


駅に向かう間、隣でお話になっていた人の会話。

もしもしお疲れっす。
渋谷つきました。
はい改札っすね、
着きました。
小田急っすね、
はい着きました。
えどこっすか、はい・・・改札にいます。
ついに出会えない
ふたりの会話
ここは京王井の頭線。

2009年11月27日金曜日

セバスチャン・サルガド2


東京都写真美術館に電話
12月4日のアフリカナイト(30席)は空いてないですよね。

渋谷区立加計塚小学校で開催されたという「セバスチャン・サルガド講演会」も
もちろん行ってないが「アフリカナイト」というコトバが妙に行きたい気分になります。

(「セバスチャン・サルガド講演会」は次いつあるかもわからないという貴重なものだったらしい。)

美術館の担当の方に明るく「あ〜、ございませんねぇ。」

ますます見に行く決意が固まりました。
まだ行ってなかったのって・・・

2009年11月26日木曜日

目は口ほどに・・・


昔の日本人はみんな、人、社会のためを最優先でがんばっていた。
某桜井さんがそうおっしゃってました。
今はみんな自分の事が最優先される。

若干違和感はありますが
(みんな回りの事だけを考えていたのかどうか、という意味での違和感です)
総論賛成です。

目がキラキラしている人は美しいですよね。

カマキリ君は何考えてるかわからないほど
つぶらな瞳です。

2009年11月25日水曜日

セバスチャン・サルガド



何ですか。悲しみに満ちたこの写真は・・・

「お前、東京都写真美術館行ってないの?!」
「アフリカだよ!エッ見てないの?!」
「サルガド知ってるよね。サルガド・・セバスチャン・サルガド・・・」

久しぶりで会った人に言われ、
「し、知りませんッ」
(何て知らない事が多いんだろうと情けなくなります)

「あのモノクロを見なきゃだめだよ」

ヒッ、ヒジョーに記憶に残った話なので手帳に書き留めて調べました。

サルガド氏は1944年ブラジル生まれ。サンパウロ大学で経済学修士を取得、
その後パリ大学で農業経済学博士課程を修了してロンドンに本部を置く国際コーヒー機関に就職。
そこからアフリカへ調査に派遣され、そこで写真を撮り始める。

1970年代半ばに仕事を辞め、パリでプロの写真家に。彼の写真の原点はアフリカ。

大きなテーマを決め、何年もかけて緻密に取材、写真集にまとめるのがサルガド流の仕事の仕方。
1980年代のサハラ砂漠の南、サヘルの干ばつによる飢餓を取り上げた写真集「サヘル」は世界中に大きな衝撃をあたえた。

その後世界の労働者を取り上げた「WORKERS」でも、
移民や難民など地球上を移動する人びとを取材した「EXODUS」でもアフリカは重要な舞台として登場。

30年を経て写真家は最後の大きなプロジェクト「GENESIS」

サルガド氏は、世界各地で精力的に撮影を続ける一方で、
日本でフォトドキュメンタリーの世界や技法を伝える活動を、2003年から続けている。

日本写真芸術専門学校の名誉顧問として、サルガド氏自らが撮影に出かけるワークショップを実施。
特別講義は、同校の在学生に加えて、一般の人にも一部門戸を開放。

講義を聴きたい。

サルガド氏が使うフィルムはトライX400。
320で撮影すると書いてある。(本当はどうでもいい事ですが)

それにしてもモノクロは美しい。

12月4日は「アフリカナイト」らしい。

2009年11月24日火曜日

銀座線不通


休み明けの今日。
銀座線渋谷三越前間が不通でした。
理由は赤坂見附駅で線路内点検。
すぐ動くだろうと10分ほどホームで待っていました。
動く気配ありません。
電車に乗ってる人、ホームで待つ人どんどん歯抜け状態になっていきます。
いつも騒々しい渋谷駅がシーンとしていて思わぬ時間の拾い物のような気分です。

「過ぎてゆくのは時と風です」
イイチコが光って見えます。

待ってる人々、電車の中の人々がいい機会だとばかりにわりと穏やかな顔してます。
後何分すれば再開するのでしょう。
いま30分経過しました。人間心理。30分過ぎてみんな気もそぞろになってきました。
だいぶ 人 少なくなりました。
こうなればホームで仕事しますか。
「もしもし、お元気ですか。」

2009年11月23日月曜日

何かはまりそう


W need a healthy,
natural world to live in.
われわれが生きていくためには
健全な自然が必要です。
〜スワロフスキーオプティックカタログより〜

これは鳥の声でしょうか。
人間の声でしょうか。

2009年11月22日日曜日

デフレ宣言って・・・


デフレって何だっけ。
デフレって宣言するのか・・・
「デフレとは、お金の価値が上がり、相対的にモノの値段が下がることをいう。
モノの値段が下がったからといっても、
通常、人は必要以上にモノを買わないので、
モノが同じ数だけ売れても、販売価格が下がれば企業の売り上げは落ちていく。
企業業績が悪くなると、経済活動全体が元気をなくし、経済が縮小していく。

全てのモノの値段が比例して動けば、問題はないが、
現実はそうではなく、物価の下落に追いつけないものが出てくる。」

写真のミニチュアは数万円します。
どうしてもバードウォッチングをしたい人はスワロフスキーのフィールドスコープが欲しいそうです。
何十万かします。
ニッチだけど確実にあったマーケット
もうそんな世界はなくなるんでしょうか。

人間が人間じゃなくなっていくみたい。

2009年11月20日金曜日

グーグルゾン


2004年に予測を含めて作られた「epic2014」というのがあります。
ショッキングですがある方向を示唆しています。

epic2014の邦訳。長いんですが。

最良の、そして最悪の時代。
2014年、人々は前世紀には考えられなかったほどの膨大な情報にアクセスできるようになる。
誰もが、何らかの形で貢献をする。
全員が刻々と変化する生きたメディア空間に参加するのだ。
しかし、マスコミは姿を消してしまった。
”第四の権力”は衰退する運命にあり、20世紀的なニュース機関は結果的にはそれほど遠くない過去の残留物となった。

2014年への道は、20世紀半ばにさかのぼる。

1989年、スイス・ヨーロッパ粒子物理学研究所 (CERN)のコンピュータ・サイエンティスト、ティム・バーナーズ-リーは、ワールドワイドウェブ(WWW)を考案した。

1994年、アマゾン・コムが設立される。若き創設者の夢は、すべてを売ることだった。のちにインターネット販売の標準になるアマゾンのモデルは、店が個人のお勧め商品を自動的に教えてくれるレコメンデーション・システムの上に成り立っている。

1998年、2人のスタンフォードのプログラマーがグーグルを生み出した。そのアルゴリズムはアマゾンのシステムと似ており、リンクをレコメンデーションとして捉える。この土台が世界でもっとも強力な検索エンジンを始動させる。

1999年、TiVoは、テレビを時間帯とコマーシャルの束縛から解放することで、テレビを変える。元に戻ろうとする人は、ほとんどいなかった。
この年、パイラ・ラボと呼ばれるネット新興企業が、個人の情報発信ツール「ブロガー」を発表する。

2002年、フレンドスターが開設される。何十万人もの若者が登録に殺到し、彼らの生活や趣味、また人間関係に関する驚くほど詳細な情報を共有する。また、この年にはグーグルはニュース・ポータルの「グーグルニュース」を開設。ニュース機関は反則だと叫んだ。グーグルニュースのすべては、コンピュータにより編集される。

2003年、グーグルはブロガーを買収。グーグルの計画は謎だったが、彼らがブロガーに興味を持ったのには理由がある。

2003年は、ブログの年である。

2004年は、すべてが始まった年として記憶に残ることだろう。「リーズン・マガジン」誌は、各購読者が住む家の衛星写真を表紙にし、各人の好みにカスタマイズされた内容を掲載した号を発行した。
ソニーとフィリップスは世界初の大量生産向け電子ペーパーを発表。グーグルは、各ユーザーに1GBの無料スペースを提供する「Gメール」を発表。
マイクロソフトは、カスタマイズ可能なニュース・ポータル「ニュースボット」を発表。
アマゾンは、グーグルの技術をもとに構築し、アマゾンのレコメンデーション・システムとも統合した検索エンジン「A9」を発表。
そして、グーグルが上場する。
グーグルは、新たな資本をもとに大規模な買収を行う。グーグル、TiVoを買収する。

2005年 ー グーグルの動きに呼応して、マイクロソフトはフレンドスターを買収。

2006年 ー グーグルはサービスのすべてを統合する。同社は、TiVo、ブロガー、Gメール、グーグルニュース、そして検索関連のすべてを統合し、あらゆる種類のメディアを保存・共有するための無限大のストレージ容量と帯域幅を提供する万能プラットフォーム「グーグル・グリッド」を発表。常時つながっており、どこからでもアクセスできる。各自でプライバシー保護レベルを設定し、コンテンツを安全に保存したり、外部に公開することができる。誰にとっても、メディアを作り出すと同時に消費することがこれほど簡単にできたことはなかった。

2007年 ー マイクロソフトは、グーグルの増大する挑戦に対して、ソーシャル・ニュース・ネットワークおよび参加型ジャーナリズムのためのプラットフォーム「ニュースボットスター」を発表。ニュースボットスターは、ユーザーの友人や同僚が何を読んでいるか、見ているかを基準にニュースの順位づけや選別を行い、仲間が見ているものに対して誰もが自由にコメントできる。
この年、ソニーの電子ペーパーは、本物の紙よりも安くなり、ニュースボットスターを閲覧するツールとしての第一候補となる。

2008年は、マイクロソフトの野望に挑戦する提携が生まれる。グーグルとアマゾンが合併し、グーグルゾンが設立。グーグルは、グーグル・グリッドと最高の検索技術を、アマゾンはソーシャル・レコメンデーション・エンジンと巨大な商業インフラを提供し、1人ひとりの人間関係、属性、消費行動、また趣味に関する詳細なナレッジを把握することで、コンテンツ、そして広告の包括的なカスタマイズを実現する。

2010年のニュース戦争は、実際のニュース機関が参加しなかったという点が特筆すべきだ。
グーグルゼンはついに、ソフトウェア巨人のマイクロソフトも対抗できない手を打ってきた。新アルゴリズムを使い、グーグルゾンのコンピュータは、あらゆる情報ソースから事実や文章を抜き出して、それらをふたたび組み合わせることで、新しい記事を動的に作り出す。コンピュータが、各人に向けて記事を書くのだ。

2011年、眠れる第四の権力は、最初で最後の抵抗をするために目をさます。ニューヨーク・タイムズ・カンパニーは、グーグルゾンの事実抽出ロボットが著作権法に違反するとして、同社を提訴する。この裁判は最高裁まで進み、2011年8月4日、グーグルゾンは勝訴する。

2014年3月9日、グーグルゾンは「EPIC」を公開。
我々の世界へようこそ。

この”進化型パーソナライズ情報構築網(EPIC)”は、雑多で混沌としたメディア空間を選別し、秩序立て、そして情報配信するためのシステムである。ブログの書き込みから携帯カメラの画像、映像レポート、そして完全取材にいたるまで、誰もが貢献するようになり、その多くが対価を得るようになる。記事の人気度により、グーグルゾンの巨額の広告収入のごく一部を得るのだ。
EPICは、消費行動、趣味、属性情報、人間関係などをベースに、各ユーザー向けにカスタマイズされたコンテンツを作成する。
新世代のフリーランス編集者が次々と生まれ、人々はEPICのコンテンツを選別し優先順位をつけるという能力を売るようになる。
私たちのすべては多くの編集者を購読するようになる:EPICでは、彼らが選んだ記事を好きなように組み合わせることができる。最高の状態では、EPICは、見識のある読者に向けて編集された、より深く、より幅広く、より詳細にこだわった世界の要約といえる。
しかし、最悪の場合、多くの人にとって、EPICはささいな情報の単なる寄せ集めになる。
その多くが真実ではなく、狭く浅く、そして扇情的な内容となる。
しかし、EPICは、私たちが求めたものであり、選んだものである。そして、その商業的な成功は、報道倫理のためのメディアと民主主義をめぐる議論が起こる前に実現した。

2014年の現在、ニューヨーク・タイムズ紙は、グーグルゾンの支配に対する精一杯の抵抗として、オフラインとなった。
タイムズ紙は、エリート層と高齢者向けに紙媒体のみを提供するようになる。
しかし、ほかにも進むべき道は、おそらくあっただろう。