2007年6月9日土曜日

今日さぁ


すいません、今どうでもいい気分なんです。「き」様と別れたはずなのに気がついたら吉祥寺。次は渋谷。そして吉祥寺。また次は渋谷にいまして。さらに次に気がついたら池ノ上のホームでした。おい、降りるなよお前、と自分に悪態つきながら池ノ上で降りる僕。まったく訳のわからない奴じゃ、今日は朝から色々ありました。

2007年6月5日火曜日

邯鄲の夢(かんたんのゆめ)


出世を望んでた貧しい青年が、どんな夢でもかなうっつう枕を爺さんからもらって、邯鄲って街でお粥を煮ている間にひと眠りすんの。で、自分の栄華を極めた人生を夢で全部見ちゃうわけ。だけど、目が醒めてみるとまだお粥ができてなかった。つまり栄華なんて、ひとときの夢くらい虚しいってこと。へぇ、「邯鄲の夢」って知らなかった。意味を聞いたらなるほどと思った。

2007年6月1日金曜日

予感


昔原宿はあっけらかんとしていた。カメラマンの事務所やデザイナーやコピーライターやその他もろもろいっぱいいた。うようよいた。活気の中で取り残されまいとする熱気があった。「時代はあっと言う間に変わる」というウィスキーのコピーがあったような。ラフォーレなんて時代を創ってるみたいな空気があったぞ。単なるテナントビルなのに。
クールな原宿。
日本が悩んでいる。いや思い詰めている。と言った方が正しいかも。進むべき道が見えないのか、わからなくなっているのか。
僕もついそうなっちゃうじゃないか。

雲はいよいよ低くなってきた。

2007年5月30日水曜日

寓話


その娘は窓辺で遠くを見ながら時々ノートに視線を落とした。そして決心したように何かを書き綴る。遠くを見る、思い込む、書く。その一連の動作は飽きる事なく続いていた。コピーライターか編集ライターか・・・。わからないけど向こうは何かを必死で産み出そうとしている。僕は必死で本を読んだ。う〜ん、かっこいいのはあっちだな。

殯(もがり)の森


彼らは延々と空の回廊を周回していました。6機。レンズがワイドだったので見た目よりさらに遠い感じになりました。ヘリの音は延々続き、それを見上げていると死者を弔おうとしている軍団のように見えました。「古事記」や「日本書紀」などによると、死者を生前と同様に扱って蘇生を願いつつ、死を確認する過程を兼ね、それとともに死者の霊魂を恐れ、慰める意味を持っていたという、「殯(もがり)の森」の話です。(これ知人の引用です)
空を回遊するヘリは某大臣の野辺送りを執拗に狙っていたのでしょう。
情けない気持ちで新幹線に乗り、さらに情けない時間をかの地で過ごしました。
木を見て森を見ない会話の連続に唖然としながら・・・。

帰り新幹線で今日の出来事を密かに想い、祈るような気持ちになり、つい酒をふたつ。
(こんなところがだめなんだと言いながら)
そして日本人がだめになっていくのは軽薄だからなんだ、と確信したのでした。

2007年5月24日木曜日

含羞


その頃有名なコメディアンがいて、当時の上司は彼のファン。理由は単なるコメディアンじゃなく「ハードボイルド」だから。なるほど決めのコントも「○○だどッ」だったような。上司は彼をCMに引張り出したかった。クライアントは了解していた。僕はそれを受けてくどくために新宿ゴールデン街へ足を運んだ。店の名前も有名なハードボイルド作品からの引用だった。下準備が周到だったのかあっさりと承諾してもらえた。カーワックスのCMだった。後日スタジオに古いアメ車を入れ込んで割と大仕掛けな撮影が行われた。彼が言う決めのコピーは忘れてしまった。あの頃感じていた違和感は何だろう。「こ」様風に言うと「おとこの悲哀と憂愁」はあった。だが「含羞」がなかったように思う。たかがCMだ。そこまで求めていたわけじゃない。上司とタレントのコンビネーションは他を寄せ付けない独特のものだった。「今のいいですねぇ」そういう空気に僕は辟易していた気がする。
(閑話休題)
「生きる」は「晒す」だ。「含羞」は「道理」だ。人の本質は接してみないとわからない。いや接してみたらわかる。そして多くは「目」がそれを物語る。

上司はその後、一部に熱烈なファンを持つプロの作家になった。ジャンルはハードボイルドだった。

「こ」様に教えてもらった作家の小説にのめり込んでいる。含羞がわかる年令になったのだろうか。いや緻密さに引かれているんだろう、きっと。

2007年5月22日火曜日

「シリウスの道」


「余人にはわかりゃしない世界だよ。」
「こ」様に言われて本を読むハメになってしまった。いや読みたい本と出会わされてしまった。『孤独なおとこの悲哀と憂愁と含羞をたっぷりと』という「こ」様からのメールは、その作家の死を伝えるものだった。その作家の著作は一冊しか知らなかった。しかもそのタイトルに全く興味が湧かなかった。突然の「こ」様のメールの文面は、一も二もなく僕を本屋に走らせた。それほど魅力的だった。もし小説書くんだったらこのテーマ描きたい。と思ってたストーリーがそこにあった。筆の運び、展開、会話、舌打ちしてしまった。同時に記憶をこんなにもリアルに呼び戻してくれる小説も珍しい。

脳みそがあらゆる具象を理解できなかったら生き残れない世界(それは濁だろう)なのに、表現ではここまで?と言う位突き詰めないと生まれない世界(それは清だろう)が確かに存在する世界を見事に描いてる。広告屋はこんなにも悲しいんだ。最後の虚無感がまた見事だね。余韻をたたえた終わりがまたいいね。こんなに一気に読んでしまうのは、久しくなかったね。

1+1を3にも4にもする妙。
またマイナスする意。
幻想を客観に見せる即。
無を有に見せる答。
すべてがたぎる、ほとばしる。熱に浮かされたような作業。広告屋の芸当をまぁよく見せてくれてます。好きな世界を作品に昇華させる構成と筆力と太い骨格に、失われたダイナミズムを感じてしまった。考えてみれば今は皆が凡庸になっているのかも。
やがて最後に、広告屋には著作権ひとつもたらされない。悲哀・・・憂愁・・・含羞・・・。その事に気づくのか、わざと気づかないのか、あ、いつの間にか自分に全く重なってしまった。う〜ん、僕は当分打ちのめされそうだ。「こ」様には読む順番まで教わったぞ。さてどこへ行くんだろう。素晴らしい作家を教えてくれた「こ」様よ。もっと色々教えておくれ。

きっと続きを書きたくなるかも。

2007年5月18日金曜日

空に向かって


あ、芽が出てると思った。2日ほど見なかった。次見た時はこんなになってた。次見た時は電線を超えていた。写真を撮ろうと思った。あいにく忘れた。この分だとすごい事になるぞ、と何だか楽しみだった。よぉしもういいだろう、写真撮ってみようと思った。行ってみたら刈り取られていた。幻の竹の子ちゃんになってしまった。「後悔先に立たず」とはよく言ったものだ。「どうしてあの時撮っておかなかったんだろう」とめちゃくちゃ自分を叱ってしまった。「竹の子」じゃなく「この子」って呼んでたのに。名前も付けてやればよかった。たった一枚の写真だけど・・・記念だよ。来年また出てね。

2007年5月17日木曜日

高い意思、遠い宇宙。


どうなんだろう。宇宙の営みを感じた時に自分の卑小さを感じるのは。君は日々追われていないか。そしていつも昨日の仕事に忙しくないか。それを真の仕事だと思っているんじゃないのか。本当か?君の仕事はそれでいいのか。もっと想像力を働かせろ。もっと知恵を働かせろ。宇宙の真理に近づいてみろ。月は今日も出て沈み、太陽は今日も照らして消えた。明日はもっと意志を持て。

2007年5月14日月曜日

なたりー


テニスのお話。ボールをサイドにコントロールし、雁行陣サイドのストローカーを外に追い出す。返球されたボールをペアに揺さぶりをかけ、浮いたボールを見逃さず・・決める。

しかし雁行陣サイドも対処の仕方が四つある。1.カウンター気味にストレートを狙う。2.相手ペアの移動を予測し、センターを狙う.3.ショートクロスへ沈め、斜め前にポジションを移動。4.ストレートロブを上げ、時間を稼ぐ。
どれが正しいんだい。教えておくれ。Oh! なたりー!

2007年5月11日金曜日

光る電車と焼き鳥屋さん


夜の電車は光ってます。この踏切の正面にある小さな焼き鳥やさん。うまいんです。今はシャッター閉まってるけど。こわれ梅なんかもあります。どお?やっぱり井の頭線はいいね。

2007年5月10日木曜日

本屋さんと人間



彼は30分もそうしていたと思う。というのは用事をすませて戻ったらまだ同じ姿勢と同じポーズで彼がそこにいたから。その彼は本を取るでもなく、一点をじっと見つめているだけだった。その姿勢は実はカッコ良かった。他の人にないものだった。彼は悩んでいた。いやそう思いたい、人だった。因に見ていた棚はこんな本が並んでた。どの本を見ていたのでしょう。業界?